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鉄砲が種子島に届くまで - 2

Posted by ルア on 01.2011 Amigo山岡   0 comments   0 trackback
1961年までに流通した紙幣。゛修道僧゛じみた姿のピント。彼の手記がPelegrinalaoという題から来ている。旅行記を発表した当時は゛ほら吹きピント゛というあだ名がついたが、後年、゛荒唐無稽゛のほら話ではなく事実であると評価され、英雄達の仲間入りをした。テ-ジョ河岸に建つ発見のモニュメントを構成する一員となっている。後ろはランカスタ-王妃と王子フェルナンド。

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「マラッカ攻略」
1510年にはインドのゴアに総督府が設けられ、そこを拠点にしてポ国人はやがてマラッカ海峡に進出する。マラッカには鄭和が往来していた時代から回教徒の城砦都市があった。マラッカは、当時のアジア最大の貿易都市だった。それをポ国人は大砲の威力で攻略した。攻略には、地元に居た明国人の小商人たちが手引きをしたという。明帝国に朝貢していたマラッカだが、その明国の商人たちはアラブ人達に牛耳られていたため、腹いせにポ国人の力を借りて仕返しをしたのである。
1513年、マラッカの司令官に就任したアフォンソ・アルブケルケは、明帝国の皇帝にポ国王の親書を持たせて部下を派遣し、交易の認可を求めた。その派遣隊の案内をしたのはあの明の商人たちである。彼らは現在でいう゛華僑゛の元祖たちで利に聡い。ポ国人たちに賭けたのである。
「ホ゜国人ついに´Sin´( Chine)に到達する」
ホ゜国人を乗せた派遣隊は真珠川のデルタ地帯のTongman島に到着した。慣例で島に記念塔を立て、次いで祝砲を撃った。後でこの明国には存在しなかった゛祝砲゛行為が問題となる。ホ゜国人は少し上流にあるGhunzhou(関東)の地元政府に上陸許可を申請したが下りなかった。下りなかったが彼らは交易することが出来た。ようするに裏取引で、華僑が案内に立っていたから出来たことである。ポ国人は何を交易したのか。
「゛ネゴシオ ダ シナ゛の語源」
ポ国人が交易用として船に積んで来た荷はピメンタ(胡椒)であった。華僑の入れ知恵である。このあたり一帯は海賊が跋扈する海で、まともな商人や取引など存在しなかった。海賊がポルトガルの船にも群がって来たが、ポ国人は゛伝家の大砲゛をぶっ放し、海賊は泡を食らって退散した。
上陸は許可されなかったものの、華僑が手引きをし、関東の地元商人達とひそかに交易した。そしてこの胡椒が大当たりをしたのである。胡椒の仕入れ値の20倍で取引したのである。ポルトガル本国に持っていくのと同じ利益がでたのである。
この取引があった後、航海と取引に参加した一人の商人が、別の便でリスボンに帰り、さらにいくつかの商品を持ち帰り、莫大な利益を上げている。チャイナからの取引を実現した史上初のポ国人だが、朝から晩まで笑つても笑いきれないほどの利益をあげた結果、゛ネゴシオ ダ シナ゛( シナの取引)で儲けた、といわれ、それ以来、想像を絶する利益の出る商いのことをそう表現するようになった。
「外交より実利を追求した時期」
明帝国と正式に交易関係を結ぼうとし、リスボンから1517年に王の親書を持った使節団を送ったが、好ましい結果ではなかった。明帝国は世界の中心であり、゛対等の付き合い゛などはありえなかった。したがってポ国人は、中央政府の正式な認可なしに、この関東周辺の交易都市と、その後も無許可の交易を数十年も続けている。地元政府の関東の役人も、この゛大砲゛の威力を持った商人たちが出入りすることで、海賊どもを追っ払うのに好都合であるので見てみぬ振りをしていたふしがある。                 
海賊の行動範囲は広大で、朝鮮の海岸から明帝国のすべての海岸線に及ぶもので、その海賊の一部には、和寇と呼ばれた日本の密貿易者と海賊を兼ねたやからも含まれる。
「中継基地マカオ」
密貿易の取引場所のひとつに、後年マカオと呼ばれる小さな無人島があり、ここはポ国人にとって都合の良い場所で、無許可のまま、いつの間にか簡単な仮小屋と仮停泊位置を構えて一種の中継基地として活用するようになる。数年の間は、関東の地元役人に年いくらかの゛もぐりの税金゛を払っていた。
1523年には、密貿易禁止と共にこれらの海賊が徹底的に取り締まられ、次いでポ国人も関東から追放されてしまう。しかし、しぶとい彼らは執拗に闇取れ引きを続ける。その背景には絶対的な需要があったからで、明国の商人は゛国家間の取引゛だけになったのでは商人たちは干上がってしまう。それは、日本の複数の藩が行っていた密貿易にしても同じであった。するとポ国人はこの中に入り、日本の密貿易者とGuangzhou(関東)の商人達との仲介を始めたのである。この時期になるとポ国人の船には中国人、マレ-人そして追っ払われて行き場のなくなった倭寇-つまり日本人-などがごっちゃになって乗組員になっていて、通訳には事欠かなかった。

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プロフィール

ルア

Author:ルア
プロフィール 千本佳男
ちもと よしお
(写真は息子です)

ポルトガル在住30年以上
職業   取材・コーディネイター
星座   魚座 
血液型  B型
住む理由 気候がよく、ワインも食べ物も美味しいポルトガルの虜
趣味  昔はウインドサーフ、現在はもっぱらネットサーフ
好きな物 ポルトガルではワイン、日本では餡このお餅
得意な事 サッカー取材
日本の家 神戸にあります
ポルトガルの家 リスボン郊外25キロの住宅街
事務所  海と世界遺産シントラの山が見える丘の上

やろうと思う事 ポルトガルの写真を沢山撮って紹介したい

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