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マゼラン世界一周

Posted by ルア on 24.2013 歴史   0 comments   0 trackback
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「マガリャエンス」マゼランをポルトガル語読みではこう発音する。

博覧会会場跡の波止場に、1519年ー1522年にかけマゼランの指揮のもとに世界一周を果たしたヴィトリア号のレプリカが寄港している。
トリニダード号、サント・アントニオ号、コンセプション号、サンティアゴ号との5隻で2年間もの食料を用意し地球一周を目指した船だ。ポルトガル人とスペイン人との間での憎み合いや裏切り、過酷な航海の末唯一世界一周を果たしたのはこのヴィトリア号だった。

総勢265人のうち無事生還したのは18名、マゼランを始め多くの航海者が命を落とした。
スペインでは史上初の世界一周を遂げたのはマゼランではなく、唯一一隻の帰還船で最後に指揮をとったファン・セバスチャン・エルカーノとされているそうだ。

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サント・アントニオ教会(ラゴス)

Posted by ルア on 22.2011 歴史   2 comments   0 trackback


ラゴス(ポルトガル南部アルガルベ地方)サント・アントニオ教会に行った。
まだ、夏期休暇前だったので人もまばら、昔ながらのアルガルベがそこに在った。

ラゴスにあるこの教会はターリャ・ドウラーダで有名だ。
ターリャ・ドウラーダは18世紀のポルトガル・バロック様式、多くの教会で木の彫刻に金箔が塗られた祭壇が今も残っているが、この教会のものは保存の状態が良い。

18世紀と言えば、大航海時代で多くの植民を手にし、特にブラジルから黄金が持ち込まれたポルトガル全盛期で、当時の王ジョアン五世によってこの教会の内装が施された。

ジョアン五世で有名な建物は、以前に山岡さんが紹介されたマフラの修道院だが、各地の教会がジョアン五世の命で黄金造りの内装に改装された。
不思議な感じがする。仏壇の中に入った様な心境だ。

魚に説教をするサント・アントニオ


天井は王室の紋章


18世紀には黄金造りの他に、タイルも教会の内壁に貼られるようになる。
次の機会には、タイル(アズレージョ)と黄金の教会を紹介したい。

ポルトガルの建物を見ると、12世紀、14世紀、16世紀、18世紀の特長を持ったものが多い。
これらの時代に国が栄え、建築物にも影響をあたえた。

21世紀にも栄え、新しいポルトガルの建築様式を見ることが出来るのであろうか...

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革命記念日

Posted by ルア on 01.2011 歴史   4 comments   0 trackback
カーネション革命とも言われた4月25日革命、カーネションを求める参加者達
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あれから37年も過ぎたと言う。
1974年の4月25日の革命日は下町にカメラを持って出かけていた。

たまに聞こえる銃器の発射音、映画の中で聞いた拳銃の発射音と異なり、乾燥した空気を切り裂く様な「ターン」「ターン」と言うものだった。

写真を沢山撮ったが、政府軍側の共和国警察軍の兵士に機関銃をつきつけられ没収されてしまった。
戦車のキャタピラによって街中のアスファルトは剥がされていた。

隣が誰とも意識せず、自由が訪れた事を喜びあった。
多くのポルトガル人は涙を流していた。

この革命を記念するパレードが4月25日にリベルダーデ大通りで行われた。
革命を記念するパレードというより、左翼団体の現政府に対する抗議集会のようであった。

ポルトガル人の皆が民主主義が始まったことを祝った革命記念日で始まり、当初は国民みんなで盛り上がっていたのだが37年の年月のせいであろうか。

民主主義が始まって年月は浅いが、未来のポルトガルの為に働く政治家達が多くでて来ることを今一度願った4月25日だった。

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バスコダガマ通り

Posted by ルア on 08.2011 歴史   6 comments   0 trackback
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世界文化遺産の城壁に囲まれた町エヴォラの中心部にバスコダガマ通りがあります。

バスコダガマは南部地方のシネスで生まれたとされていますが、どうしてエヴォラにバスコダガマ通りと命名されたのでしょうか。

大航海時代、多くのヨーロッパの都市はペストに襲われます。ポルトガルの王もペストに感染する可能性があるリスボンを離れ、内陸部に移り住むようになります。


マヌエル王はこの地に宮殿を建て、現在も公園と共に市民の憩いの場として残っています。
マヌエル王の宮殿横の公園に立つバスコダガマ

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バスコダガマは王に会うためエヴォラまで旅をします。
バスコダガマが泊まった先は宮殿ではなく、イエズス会の宿泊施設でした。

ヴィアナの神殿がある広場から入った通りで中心部に位置しますので、エヴォラに行かれた際は是非お寄りください。

イエズス会の宿泊施設、現在も使用されている。

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内部は崩れそうな壁に描かれたフレスコ画も保存?されているベッドと小さな机があるだけの質素な部屋に泊まったとされている。

俗称バスコダガマの窓

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TEAはTから、ティーはポルトガルから

Posted by ルア on 01.2010 歴史   2 comments   0 trackback
今日は全聖人の日で祝日です。名のとおり、お墓参りの日ですが、違う話題をお届けします。

サイトの本当?! アフタンーンティーの続き
ティーと呼ばれるようになった由来が抜けておりましたので、




本当?! → アフタヌーンティーで詳しくご覧頂けます。
その後にブログをお読みください。







カタリーナ王女




ポルトガルが大航海時代に東洋から持ち込み、ヨーロッパに広めたCHA(茶)について、カタリーナ王女がカルロス?に嫁ぐ際にお茶を飲む習慣をイギリスに持ち込んだのが始まりとサイトに書きましたが、その当時イギリス王室に届く貨物には王室御用達の意味であるTと言う文字が書かれていたようです。

Tを発音するとティー、TEAとしてヨーロッパ諸国に広まります。

カタリーナ王女

braganza by dirk stoops

カルロス二世



カタリーナ王妃



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プロフィール

ルア

Author:ルア
プロフィール 千本佳男
ちもと よしお
(写真は息子です)

ポルトガル在住30年以上
職業   取材・コーディネイター
星座   魚座 
血液型  B型
住む理由 気候がよく、ワインも食べ物も美味しいポルトガルの虜
趣味  昔はウインドサーフ、現在はもっぱらネットサーフ
好きな物 ポルトガルではワイン、日本では餡このお餅
得意な事 サッカー取材
日本の家 神戸にあります
ポルトガルの家 リスボン郊外25キロの住宅街
事務所  海と世界遺産シントラの山が見える丘の上

やろうと思う事 ポルトガルの写真を沢山撮って紹介したい

*****チモト実績*****

依頼源 ポルトガル
ICEP(ポルトガル貿易・観光振興庁)
IPPAR(ポルトガル歴史建造物保存院)
ポルトガル政府観光局
裁判所関連書類翻訳
メディア翻訳・ナレーション・通訳等

依頼源 日本
各官庁、地方自治体の業務請負
ポルトガル博覧会日本館チーフ・コーディネイト
大手商社業務委託
商品調査
イベント関連、 その他、

NHK
EUサミット・リスボン
首相インタビュー
大河ドラマ 信長
世界ふれあい街歩き
世界入りにくい居酒屋
Wカップリサーチ・選手インタビュー
その他、 報道、文化、スポーツ番組

民放(各社一番組紹介)
開局40周年 大航海!謎と夢のコロンブス大紀行 NTV
めさましテレビ フジ
深夜特急98 NBN
新ポルトガル謎紀行 TBS
道浪漫 MBS
旅サラダ  ABC
ワールドビジネスサテライト TV東京
ユーロ(ヨーロッパサッカー選手権)WOWOW
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にじいろジーン KTV
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