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リスボン歴史地区が世界遺産暫定リストに

Posted by ルア on 10.2017 世界遺産   0 comments   0 trackback


5月30日付世界遺産暫定リストに「リスボン歴史地区」が加えられた。もう10年以上前になるが、ポルトガル・ユネスコ協会を取材した折に「Lisboa Pombalina 」(ポンバル公爵が1755年の大地震後に再建したリスボン)がリストにあったので尋ねたところ、暫定リストには載っているが、リスボン市に世界遺産登録認定の意思がないということだったが、今回はポンバル公爵再建地区から若干地域を広げ、テージョ川沿い、シアドの丘も加えられたものとなっている。リスボン市がわざわざ暫定リストに加えられたことを発表したことから、本気で世界遺産認定に立候補しているように思われる。

ちなみにポルトガルの世界遺産暫定リストは以下の通り、 ポルトガルには15の世界遺産が登録されている。
Aqueduto das Águas Livres
Caminhos Portugueses de Peregrinação a Santiago de Compostela
Centro Histórico de Guimarães e Zona de Couros (extensão)
Complexo Industrial Romano de Salga e Conserva de Peixe em Tróia
Conjunto de Obras Arquitetónicas de Alvaro Siza em Portugal
Costa Sudoeste
Deserto dos Carmelitas Descalços e Conjunto Edificado do Palace-Hotel no Bussaco
Dorsal Médio-Atlântica
Edifício-sede e Parque da Fundação Calouste Gulbenkian em Lisboa
Fortalezas Abaluartadas da Raia
Icnitos de Dinossáurios da Península Ibérica
Ilhas Selvagens
Levadas da Madeira
Lisboa Pombalina
Lisboa Histórica, Cidade Global
Lugares de Globalização
Mértola
Montado, Paisagem Cultural
Palácio e Tapada Nacionais de Mafra e Jardim do Cerco
Rota de Magalhães. Primeira à volta do Mundo
Santuário do Bom Jesus do Monte em Braga
Vila Viçosa, Vila ducal renascentista

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続 ペナ宮 

Posted by ルア on 03.2011 世界遺産   2 comments   0 trackback
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宮殿内装を「当時好み」で表現力豊かに創りあげた4人の装飾家についての説明を怠るわけにはいきません。
  ドン・フェルナンド二世は、この世を去るまで理想の宮殿を追い求め、死後も最後の夢であった鹿の広間の内装を、ドイツ人装飾家のル-ルにより完成させました。
  1853年11月15日、ドナ・マリア二世女王が11人目の子供を授かった後に他界し、ドン・フェルナンド二世は深い悲しみに陥りました。1869年6月10日にようやく歌手のエリザ・ヘンスラ-と再婚し、彼女はこの結婚でエドラ伯爵の称号を得ることになります。
  エドラ伯爵夫人は、居住区域の大部分の部屋により細かい漆喰細工を施し、夫を満足させました。
  貴族の間に相応しい数々の飾りつけと、他にまねの出来ない手法で壁を豪華なレ-ス模様の漆喰細工で仕上げたアフィッフェのメイラ兄弟の功績もペナ宮殿では忘れるわけにはいきません。

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 後年になり、ドン・カルロス王とドナ・アメリア王妃は、多くの時間をこの城砦・宮殿で過ごしました。王のアトリエには、ポルトガル後期自然主義の代表的な画家でもあった王の愛をテ-マにしたエロチックな妖精の姿を描いた未完成の絵画が残されています。アトリエの中には、シントラ山を想像させる絵の中にペナ宮が浮かび上がるように描かれた作品も残されています。
  ドナ・アメリア王妃も、使い勝手がよいように宮殿を改築し、“世紀末”の装飾様式を取り入れるなど、大変重要な関わりを持ちました。
  ドナ・アメリア王妃は、王制最後の二年間の多くをペナ宮で過ごし、1910年10月5日に共和国制度が発足し、政治亡命する前夜もここで過ごしました。その後閉鎖されましたが、1912年に宮殿は博物館として一般に公開されるようになり、以来国立ペナ宮殿と呼ばれています。
以上

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ペナ宮には、中国からの家具、インドからの家具が至る所に置かれている。
大航海時代に、中国やインドと交易をもった歴史を見ているようだ。

昔、高円宮殿下がポルトガルを訪問された折りに、密着取材をさせて頂いた事がある。
宮殿内を館長が案内されたが、貴族の間に置かれていた中国製の磁器を指差し、天皇家から贈られた貴重な調度品と、いい加減な説明を!
殿下は違いますと一言、お答えになられた。
貴族の間に入ると十年以上前の出来事をなぜか思い出してしまう。

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ペナ宮

Posted by ルア on 02.2011 世界遺産   2 comments   0 trackback
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リスボンから電車で約25分でシントラに到着、その後バスに15分も乗れば山の上のペナ宮が見えてくる。
ポルトガルの宮殿の中では一番お城の雰囲気を漂い、19世紀にフェルナンド2世により元々在ったジェロニモ派の修道院を増築して建てられた。

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以前にISASPARからパンフ用の翻訳を頼まれたので、その一分を紹介する。

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<ペナ宮翻訳>

ドン・ジョアン一世(1356-1433)の時代から、ここにはペナの女神を奉ったマリア-ノ派の礼拝堂が建てられていました。1492年、ドン・ジョアン二世は王妃レオノ-ルと共に、誓いを果たすためこの地を訪れています。
  ポルトガル大航海時代のドン・マヌエル一世の時代に、信仰の地として定着し、王の命を受けジェロニモ派の修道院として建てられました。
  当初は木造建築でしたが(1503)、材質が弱く長持ちしなかった為、同じ場所に、石材を使って建造されたものです(1511)。修道院初期の時代に造られたゴシック様式後期の優美な祭壇の飾り壁も宮殿の礼拝堂に残っています。これは1528年から1532年にかけての、フランス人彫刻家ニコラウ・デ・シャンテレ-ネの作品で、豊かな彫刻は新約聖書からキリストの幼年時代を着想し描きあげて作品です。
  1755年の地震で大部分が廃墟と化した後も、1834年に教団活動が禁じられるまで、幾人かのジェロニモス派修道層が生活を営んでいました。
  1836年に、ドナ・マリア二世と結婚したドン・フェルナンド・サクソブルグゴッパは、シントラの魅力のとりことなり、その中でも廃墟となっていた山頂の旧修道院には特別な思いを寄せていました。

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この聡明なドイツの皇太子は、折衷学派の収集家で、かつてベックフォ-ドやロ-ド・バイロンのロマン主義に大きく影響を与えたこの地方の自然の豊かさを、当時のポルトガル人芸術家の後援者になることで分かち合いました。
  1838年、ドン・フェルナンド二世は、修道院跡をはじめ山林やム-アの城壁跡を買い取り、廃墟となっていた修道院の修復工事に取り掛かりました。1840年に宮殿に通じる道路つけ、1844年に宮殿増築工事を開始しました。設計は地質学者であり植物学者でもあった自然崇拝主義者のドイツ人ヴァン・エシュ-ジによって行われました。エシュ-ジは、復興調の流れとゴシック様式に、王の意向を取り入れたと考えられるマヌエル様式のイメ-ジからファンタジ-な装飾、さらにドイツのネオ・ゴシック様式と東洋の建築様式も取り入れた建物を完成させました。
  建物の周囲を自然公園にしたことにより、ロマン派建造物の中でも自然崇拝を象徴する傑出したモニュメントとなり、現在では国際的にも重要な遺産として注目されるようになりました。
  宮殿内の装飾は、19世紀の装飾芸術「ベレ・エポック」を20世紀に伝える素晴らしい教材であることも見逃せません。

続く

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シントラ宮

Posted by ルア on 26.2011 世界遺産   2 comments   0 trackback
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リスボンから車で約30分、リスボンの下町にあるロシオ駅から電車で約40分で緑に囲まれた別世界、世界文化遺産にも認定されているシントラに到着する。

終着シントラ駅でおりて10分も歩くと2本の煙突がシントラのシンボルマークにもなっているシントラ宮に着く。
王宮に着くまでも貴族の館を利用したシントラ町庁、以前に紹介したチーズのお菓子で有名なSAPA、その他にも多くの貴族の館が目に飛び込んでくる。
初夏にはアガパント、その後は紫陽花も道端に咲いていて美しい。

紹介するシントラ宮は1147年にポルトガル軍がリスボンを制圧した後、小さなムーア宮殿を取り壊して造られた。その後、ディニス王の時代に増築され、ドン・ジョアン一世の時代にも大きく改築されている。

最後の大工事は大航海時代16世紀のマヌエル一世のようだが、多くのガイドブックには14世紀ドン・ジョアン一世が建築を命じ、16世紀にマヌエル一世によって改築、夏の離宮として使用されたと、間違い本をコピーしているものが殆どで寂しい限りだ。

この王宮の入場者数はポルトガル第二と聞いた.一位はリスボンのジェロニモス修道院のようだが、ポルトガル芸術の特長でもあるアズレージョ(タイル)が各部屋に貼られておりとても興味深い。

天井の紋章と18世紀のタイルが美しい紋章の間

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他の宮殿から持ち込まれたアズレージョのようだが、細かい描写はオランダ風

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幾何学模様の16世紀初期のアズレージョ

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礼拝堂の床もペルシャ絨緞風のアズレージョ、祭壇もアズレージョで飾り付けされている

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時代の特長のあるアズレージョが貼られてあるシントラ宮へは、リスボン・カードを使えば電車も入場料も含まれているので便利です。
シントラには、ペナ宮や多くの貴族の館があるので一日のんびり過ごすには打ってつけのディストネーションです。


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プロフィール

ルア

Author:ルア
プロフィール 千本佳男
ちもと よしお
(写真は息子です)

ポルトガル在住30年以上
職業   取材・コーディネイター
星座   魚座 
血液型  B型
住む理由 気候がよく、ワインも食べ物も美味しいポルトガルの虜
趣味  昔はウインドサーフ、現在はもっぱらネットサーフ
好きな物 ポルトガルではワイン、日本では餡このお餅
得意な事 サッカー取材
日本の家 神戸にあります
ポルトガルの家 リスボン郊外25キロの住宅街
事務所  海と世界遺産シントラの山が見える丘の上

やろうと思う事 ポルトガルの写真を沢山撮って紹介したい

*****チモト実績*****

依頼源 ポルトガル
ICEP(ポルトガル貿易・観光振興庁)
IPPAR(ポルトガル歴史建造物保存院)
ポルトガル政府観光局
裁判所関連書類翻訳
メディア翻訳・ナレーション・通訳等

依頼源 日本
各官庁、地方自治体の業務請負
ポルトガル博覧会日本館チーフ・コーディネイト
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