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洗濯天国

Posted by ルア on 21.2017 ポルトガル情報   0 comments   0 trackback


雨上がりの旧市街の下町通りは色とりどりの洗濯物で溢れてくる。デカパンから絨毯まで洗濯可能な全てのものが、窓の幅いっぱいの物干しにきちんと整頓され一寸の余裕もないほど吊されている。5階建ての建物なら1階から5階までの窓が物干し場になり、小さな広場があれば、広場も洗濯物で占領される。
どういう訳か、ポルトガルと言えば洗濯。洗濯女のイメージが頭から離れなかった。現在も各地に共同洗濯場は残り、洗濯機で納得出来ない人々が汗を流しながら洗濯をしている風景をよく見かける。洗濯場は単に洗濯をする場所ではなく、地域共同体の中ではなくてはならないものに進化していったかのようである。実際に主婦達の情報交換や愚痴をこぼす絶好の場所となり、歌合戦会場に早変わりしたりしている。
最近ではそうでもないが、一昔前まで洗濯機をはじめ電気製品は高嶺の花で庶民の生活とは縁のないものであった。また、洗濯機を購入するより、洗濯の他の家事までもこなす女中を雇う方が安上がりで、出来の悪い機械の故障の心配をする必要もなかった。それに洗濯機用の下水が完備されていないなどと理由もあったため、手洗いの伝統は守り続けられていた。
都心のオフィイス化が進み、住居が郊外に移転し始めた現在では各家庭に洗濯機が置かれ、新興住宅街に共同洗濯場は造られなくなってしまったが、伝統化した洗濯好きは今も変わっていない。
賑やかな洗濯物が吊されている旧市街の見学なら、長雨もあがり晴れ上がった日の午後が一番のように思う。もし、リスボンに居るなら、18世紀のリスボン大地震の被害を受けず今もその当時の街並みが残っているアルファマ地区の共同洗濯場を覗いてみると、太腕のおばさん達が、楽しそうに洗濯をしている光景に出会えることが出来る。タンクに水をいっぱい溜め黙々と洗濯をしているおばさん。世間話が忙しく手が止まってしまっているおばさん達。自慢ののどを披露しているおばさん。皆が思い思いに洗濯共同コミュニティーを形成していっている。
最近の共同洗濯場を見ていると、各家庭の主婦が洗濯をした場所から、だんだんプロ化したおばさん達の仕事場に変わっていっているような気がする。共同洗濯場の雰囲気が気に入って何日か通ったことがあったけれど、いつも同じメンバーの洗濯人で、たまに違う洗濯人を見る程度であった。共同洗濯場の水は使い放題らしく、惜しげもなく溢れるまでタンクに水を張り左右に水をまき散らしながら洗濯に励んでいた。
午前中に終えた洗濯物を時間が間に合えば昼食前に、間に合わなければ昼食後に所狭しと干し広げることになり、街並みは洗濯物畑と化していく。
スペインでは、雨が降りだしても急いで洗濯物を取り入れることをしない理由として、石灰分が多い水で洗濯をしているので、天然の水でもう一度濯ぎ直す必要があるからと聞いたことがあるが、ポルトガルでも旧市街では雨の中平気で洗濯物を吊している光景を見ることがある。ポルトガルの水はそれほど石灰分も多くなく、水道水を飲めるぐらいだから、隣国スペインの理由ではないはずなのにおかしいと考えていたが、最近では理由が分かってきたような気がする。
雨の中に吊されたままの洗濯物も旧市街と新興住宅街では理由が違うように思うが、旧市街では、間取りが狭くまだ乾いていない洗濯物を取り入れても家の中で干すスペースが限られてしまうので、雨にあたれば運が悪いと考え、太陽が自然乾燥に協力してくれるまで気長に待てるから、、、、現地の人皆それぞれ忍耐強い人が多いため、そうであると考えるようになった。
新興住宅街に住む人々の事情は大きく異なるように思っている。比較的若い世代が多いため、家族数も少なく、屋内には洗濯物を吊すスペースは十分にあるはずだが、共働きの家庭が多いためどうしても留守がちになり、取り入れることが出来ないのではないだろう。



窓先の物干しを見ていると、多くにビニールのシートがかかっていることにも気がつく。太陽の熱を多く吸収して少しでも早く乾燥するため?のビニールハウス的発想と考える人もいるようだが、そうではなく、階上からの洗濯物の滴がかからないため防御シートの役目を果たしている。共同洗濯場で洗濯を終えても当然の事ながら、絞り器などは完備していないため、大ざっぱに水を切って物干しに吊されることになる。その結果、階下の洗濯物を直撃することになってしまう。他人の迷惑顧みず的発想で許し難い行為と考えるが、十分に絞りきれないから仕方ないとお互い考えているのか。トラブルもなく近所つきあいをしているようである。
太い腕か洗濯機で十分すぎるほど洗いつくし、太陽の光を十分に受けて乾かされた後、洗濯物は台所に用意されたアイロン台へと向かうことになる。洗濯同様アイロンがけも丁寧に時間をかけて行われる。昔、驚いたことのひとつに、“ジーパンにまでアイロンをかけていること”があったが、家庭に入ってアイロン掛け事情をそれとなく見ているとより驚かされることになった。
上着にアイロンをかけるのは当たり前、各下着にまで丁寧にアイロンをかけていく。洗濯やアイロンがけの必要に迫られた単身時代でも無精だった自分には考えられないことであった。とにかく洗濯物全てにアイロンをかける。かけてかけてスラックスがテカテカに光ったりしても平気だ。下着のゴムの部分にも力一杯アイロンをかけるものだから、直ぐにはけなくなってしまっても気にしない。逆に下着にはアイロンをかけないでと頼んだものなら大変で、“下着にアイロンがけが必要ないなら、上着もアイロンはいらないね”と言われかねない。
共同洗濯場を利用する人が少なくなると共に、共同洗濯場が減り、各家庭に洗濯機が普及してきたポルトガル、洗濯をする手段は時代と共に変わってきてもポルトガル女の洗濯に関するこだわりは今も根強く続いている。

洗濯場の中には、観光コースに入っているところもあり、時には派手な出で立ちの訪問客がカメラを手に、色々とポーズの注文をつけたり、洗濯人と記念撮影をしたりしている光景にも出会うことがある。

15年前の記事で、現状とはちょっと違っているかもですが。

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サントメ・プリンシペのこと お役所のこと

Posted by ルア on 02.2017 取材・撮影   0 comments   0 trackback




エアコンの故障が公式な理由で3時間以上遅れ、午後5時過ぎの予定が午後8時半に到着した。
沢山の機材がありATAに加盟しないサントメ・プリンシペ入国時に問題なく通関できるかが最初の難問でもあったので、政観を通じ税関にも機材リストを送り万全の体制を取っていたが、休日の土曜日にこの時間まで関係者が待ってくれるのか半分諦め気分で機内預け荷物受取所に着くと、政観ヴェラクルス氏が手を振る姿が見えた。

在リスボン大使館のペネトラ氏と連絡を取り始めて4ヶ月、サントメではしつこく話をしなければ、ことは進まないとアドバイスを受けてから幾度電話で話しただろうか。
先ずは番組趣旨や協力願いについてメイルを送る。1週間待ったところでもう一度メイルを、でも一向に返答を頂ける気配がない。電話をかけることにしたが責任者に直接相談することは容易ではなかった。「ヴェラクルス氏と話したい」とお願いする前に自己紹介、用件、在リスボン大使館からの紹介で.......など長々と話すことになる。話し終わって繋いで頂けるのかと思っていたら、不在です?!ガックリさせられ電話代ばかり心配させられる日の繰り返しだった。
ヴェラクルス氏と電話で話せるようになり、博物館関連の許可を下す文化庁長官の携帯番号も教えて頂き、アクションが遅いと聞いていたサントメ・プリンシペのお役所より日程など早く決めるようにと逆に催促を受けるようになった。
「やはり、知り合うと物事はスムーズに進むんだ。」と理解するようになり始めた。

ドローン撮影許可についても尋ねたことがあった。
「皆さん、勝手に撮っているよ。」が最初の回答だったが、空港や大統領官邸上空などで飛ばすことは許されないでしょう。と尋ねると、「そう言われれば、そうだな。」とノンビリとした返答を頂いた。独立して40年余り、おおらかなこの国の人達は撮影許可など、細かいことまでも神経を使っていないんだな。と理解したが、実際撮影が始まりしばらくすると防衛省大臣の撮影信任状、文化庁、政観からも信任状を用意したので、今すぐに受け取りに来るようにと携帯の呼び出し音が鳴るようにもなった。

「Leve-leve」サントメの誰もが口にする言葉で「ゆっくりと、なるようになるもんだ」と言う意味合いが込められているが、時の流れに逆らわず今をマイペースで生きるサントメ人、律儀な手助けを続けて頂いた政府関係者、対照的な両者に会えたサントメでの出来事が今も鮮明に脳裏に刻まれている。

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Convento de São Paulo サンパウロ修道院ホテル

Posted by ルア on 26.2017 素敵なアズレージョ   0 comments   0 trackback


アレンテージョ地方のまん真ん中、Serra dÓssaにあるドン・セバスチャン、ドン・ジョアン4世、チャールズ2世に嫁ぎ英国に*お茶の習慣を持ち込んだカタリーナ王女も泊まったことがある修道院がホテルになっている。
ホテルオープン当時は宿泊客も少なく、54000枚もの18世紀のアズレージョと静寂に包まれたホテルはエキゾチックで、何世紀もタイムスリップした感がしたが、20数年ぶりに訪れた宿は宿泊客で満杯、レストランで食事となると相当時間に余裕がないとテーブルにつけないほど賑わっていた。

ポルトガルは17世紀後半から18世紀にかけ白と青のアズレージョが修道院、教会、宮殿などの室内装飾で使われるようになった。修道院や教会では神の教えや教会が建てられた理由などが絵付けされ、宮殿では狩猟や貴族の遊び風景が描かれる。中には自身の出世物語を描いたものも見たことがある。
でもこちらは元修道院、キリストの生存を描いたアズレージョの美しすぎる空間が広がる。

*お茶の習慣
http://chimotoportugal.blog76.fc2.com/blog-entry-98.html
http://chimotoportugal.blog76.fc2.com/blog-entry-1459.html



























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アフタヌーン・ティー

Posted by ルア on 21.2017 ポルトガル情報   0 comments   0 trackback


午後5時にもなれば、街中のカフェは、帰宅までの小一時間を友人との「おしゃべり」タイムにあてる若いOLをはじめ、職場を一時逃亡のビジネスマン達で賑わいはじめる。
共稼ぎが一般的なポルトガルでは、平日は家庭で朝食を取ることが少ないことから、出社前のサラリーマンは職場近くや、家の近くのカフェで朝食を取るのが慣わしとなり、朝食時にはカフェがラッシュタイムとなるが、それに次ぐ賑わいようである。朝食時はそそくさと食事をとり職場へと向かうのに反し、午後のカフェは長居する客が多いせいか、人気のカフェでは、テーブル確保が困難なこともしばしばである。
勤務時間は午前9時から午後5時半~6時までの会社が多く、残業をする人が少ないことから、会社が退け時には、カフェが込んでくる。
女性はコヒーかティーにケーキ類をオーダーすることが多く、男性は夏の時期ならコロッケなどのお摘みを肴に生ビール。冬の時期ならコーヒーにケーキという注文パターンが主になっている。
この「おやつタイム」は、保育園に子供が通うころから習慣づけられるものだから、大人になってもきちんと習慣を守りつづけるようになっている。最近では、「おやつタイム」にティーを注文する人の数はすっかり少なくなってしまったが、ポルトガルのこの「おやつタイム」が英国のアフタヌーン・ティーの元祖のようで、17世紀にブラガンサ王朝のカタリーナ王女が英国のカルロス(チャールズ)2世のもとへ、ティーを飲む習慣と共に嫁いだのが始まりである。
15世紀から16世紀にかけ、海洋国家のポルトガルは世界に君臨し、西洋人として最初に多くの未知の地を開拓していった。バルトロメオ・ディアスの喜望峰到達を期に、大西洋とインド洋がアフリカ大陸にさえぎられていた今までの世界地図が書き換えられ、バスコダ・ガマのインド航路発見へとつながっていく。
ポルトガルはインドのゴアを植民地とし、布教活動や貿易に従事するようになる。東洋から胡椒をはじめとした香辛料や金・銀などの財宝のほか、お茶も航海者によってヨーロッパに持ち込まれるようになり、貴族の間でティータイムを楽しむ食生活が育っていった。
ポルトガルから英国へ、その後ヨーロッパ諸国へお茶を飲む習慣が広がっていったといっても過言ではないように思う。
東洋からポルトガル経由でヨーロッパ諸国に広まったことが、理解できる事実として、ポルトガルでは、「ティー」とは呼ばず「シャ」と呼んでいる。東洋の茶がポルトガル語風発音のもとに「シャ」となったものだが、横文字で書くとCHA。正しく茶そのものである。英国に伝わる過程で、TEAになった理由は、日本に伝えられたカステラや天ぷらを現地ではそう呼ばないように、伝わるどこかで間違って理解された為であろうか、、、、、

アソーレス諸島サンミゲル島の茶畑
eaco2-plantacao-de-cha (1)

英国に運搬する貨物の照会用スペルがTEAになっていた為、CHAを間違ってTEAと呼ぶようになったのであろうか。想像は膨らんでいくばかりである。ヨーロッパでは英国をはじめ、フランスやイタリア、スペインでもTEAがもとで現地化した単語を茶の意味で使っているため、どうしても、ティーの元祖は英国と考えてしまうのも無理がないのかもしれない。
大西洋にあるアソーレス諸島のサンミゲル島に、ヨーロッパで唯一の茶畑があるのも大航海時代の遺産のように思え、いかにもポルトガルらしい。
ポルトガルで「シャ」をオーダーすると、アバウトな罵声のレストランでは、適当にハーブティーが出てくることもある。現在は、以前ほど「シャ」を飲む習慣がないことから、ティーなら何でもOKと言うところだろう。少し真面目なサービスを心がけているところでは、イングリッシュ・ティー若しくはブラック・ティーと尋ねてくれば、元来のティーのことで、ハーブティーの場合は、それぞれ名をあげて説明してくれる。
ブラック・ティーと呼ぶ習慣があるぐらいだから、ティーにミルクを入れることはまずなく、ティーポットのほかに、熱い湯が入ったポットも沿えて持ってくることがある。薄めのティーを好むようで、ティーポットの中のティーが濃くなってしまうと、白湯を足して好みの濃さにするようだ。濃いデミタスコーヒーを好むことからは想像もつかない。
ヨーロッパで元祖のはずのティーを飲む習慣が最近では薄れ、元来のティータイムの時間にもティー以外の飲み物を飲むようになってきたせいであろうか、美味しいティーに出会う機会が少なくなってきているようにも思う。

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サントメ・プリンシペのこと 旧宗主国ポルトガルのこと

Posted by ルア on 20.2017 取材・撮影   0 comments   0 trackback






1975年7月12日に独立を果たすが、赤道直下の貧しい国に住む人々の生活が豊かになることはなかった。ポルトガル統治時代からの限られた産業しかない中でのモノポリー政策は今も続き、一般国民に還元されることはない。
現地では多くの人に独立前と今、憧れの外国について尋ねる機会があった。
「自由になれたこと、この喜びは他にも代えがたいが、生活はより厳しくなり、手に入った物資も入らなくなった。」
「島には牛が少ないので、もう何十年も牛肉を食べたことがない。」
「建物も放置されたまま、崩壊寸前になってしまっている。」
「舗装されていた道路も穴だらけ、舗装されていた道路も今や土の凸凹道になってしまったものもある。」
ポジティブな意見を聞くことはなかった。

独立前まではポルトガル人に機械のように使われ、重労働を課されていたはずだが、意外にも憧れの国ナンバーワンはポルトガルだった。
「ポルトガルは治安も良く、泥棒なんていないと聞いている。」
「先進国のポルトガルに移民して一旗揚げたい。」
「ポルトガルに帰化したい。」

統治時代を知らない若い世代が特にポルトガルに対する憧れが強いように思えたが、独立後40年が経っても一向に生活が上向かないことがその大きな理由か高齢者の多くも独立前の生活の方が豊かであったと答え、「でも、我々は自由を手にしたから、国民のことを真に考える指導者次第で国も変わるんだが!」

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プロフィール

ルア

Author:ルア
プロフィール 千本佳男
ちもと よしお
(写真は息子です)

ポルトガル在住30年以上
職業   取材・コーディネイター
星座   魚座 
血液型  B型
住む理由 気候がよく、ワインも食べ物も美味しいポルトガルの虜
趣味  昔はウインドサーフ、現在はもっぱらネットサーフ
好きな物 ポルトガルではワイン、日本では餡このお餅
得意な事 サッカー取材
日本の家 神戸にあります
ポルトガルの家 リスボン郊外25キロの住宅街
事務所  海と世界遺産シントラの山が見える丘の上

やろうと思う事 ポルトガルの写真を沢山撮って紹介したい

*****チモト実績*****

依頼源 ポルトガル
ICEP(ポルトガル貿易・観光振興庁)
IPPAR(ポルトガル歴史建造物保存院)
ポルトガル政府観光局
裁判所関連書類翻訳
メディア翻訳・ナレーション・通訳等

依頼源 日本
各官庁、地方自治体の業務請負
ポルトガル博覧会日本館チーフ・コーディネイト
大手商社業務委託
商品調査
イベント関連、 その他、

NHK
EUサミット・リスボン
首相インタビュー
大河ドラマ 信長
世界ふれあい街歩き
世界入りにくい居酒屋
Wカップリサーチ・選手インタビュー
その他、 報道、文化、スポーツ番組

民放(各社一番組紹介)
開局40周年 大航海!謎と夢のコロンブス大紀行 NTV
めさましテレビ フジ
深夜特急98 NBN
新ポルトガル謎紀行 TBS
道浪漫 MBS
旅サラダ  ABC
ワールドビジネスサテライト TV東京
ユーロ(ヨーロッパサッカー選手権)WOWOW
赤道大紀行 CBC
にじいろジーン KTV
GAORA、KBS、KTS、TOS、SAGA-TV、旅チャンネル、その他

映画 東宝「7月24日通りのクリスマス」 

新聞 朝日、読売、毎日、その他

雑誌 フィガロ・家庭画報・コスモポリタン・スカイワールド(JAL)・アゴラ(JAL)・ナンバーなど、その他多数

ファッション カタログ
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